「長髪の男性というのを生まれて初めて目にしたのは、私が少女の頃でした。そのとき私はリロングウェにできたばかりの国際空港の展望デッキから、着陸する飛行機を眺めていました。そしてその男性はヨーロッパから到着した便のタラップを降りていたところだったのですが、髪型が長いポニーテイルだったのです。でも、税関と入国審査を済ませたその男性が到着ホールに現れたとき、彼の美しいポニーテイルは既に失われていました。彼の髪は首の上のところでカットされていたのです。」
(
Tione Chinula 『 A Hairy Story
』 より引用 )
マラウィの初代大統領、ヘイスティングス・バンダ(1966年から1994まで在任)が国民の不評を買いながらも彼らに課していた衣服制限からは、何人たりとも逃れることはできなかった。女性はズボンの着用を禁じられ、男性の長髪は認められず、これに違反した男達(おそらくドレッドヘアの男達)は逮捕されて強制的にその髪を切り落とされた。そしてこの衣服制限は外国人に対しても同様で、長髪の男性旅行者は入国拒否を甘んじて受け入れるか、もしくはイミグレーションで髪をバッサリ切ってしまうという、たった2つの選択肢しか与えられなかったのである。
しかし幸運なことに僕がマラウィを訪れた2005年には、バンダ氏は既にこの世の人ではなくなっていた。だからもうかるく半年以上は散髪していない僕のヘアースタイルをとがめる人間はこの国にはいなかったし、ソングウェ国境での入国審査にしてもイエローカード(黄熱病の予防接種を受けた証明書)の提示を求められたぐらいで、他には問題らしい問題は全くなかった。
それから僕はリヴィングストニア、ムズズ、ンカタベイという街での滞在を経て首都のリロングウェへとやってきたわけだが、街中で長髪の男性を見かける事こそなかったけれども、ジーンズをはいている女性を目にすることは度々あった。そしてそんな経験から僕は
「衣服制限はもう過去のことなんだな」
と、確信したのである。
リロングウェでは少し変わった宿に部屋をとった。どのように変わっているのかというと、レストランに宿が併設されていたのである。もしこれが、「宿にレストランが併設されている」ということであればアフリカではさして珍しくもないのだが、ただそこの場合は宿にレストランが併設されているというよりは、どうみても
「レストランに宿が併設されている」
という表現のほうがしっくりくるのだ。このような宿は僕にとって初めてのことである。案内された部屋にしても、本来はその店の従業員が寝泊りするための場所だった。オーナーにとってはあくまでもレストランの経営が本業であり、宿については
「泊まりたいと言うなら、旅行者にも部屋を貸すよ。」
その程度にしか考えていないように、僕には思えた。ようするに宿はオマケみたいなものだったのだ。実際にその宿の、まったく宿らしからぬ一面を示す事例としてひとつあげるすると、僕が部屋で休んでいるとしばしばドアがノックされ
「悪いけど、俺の私物を取らせてくれないか?」
などと言って、従業員が僕が借りている部屋に入って来たりもする。こういうことって、普通の宿ではありえない。そしてそのような状況はフレンドリーと言えないこともないが、泊まっている人間からすればやはり落ち着かない。だから僕はリロングウェでの滞在中、寝るとき以外はできるだけ部屋にいないようにしていた。昼間は街を出歩き、治安が悪くなる夜には(この時期リロングェでは外国人旅行者が強盗に襲われることが多かった)本業のレストランで酒を飲んでいることが多かった。
そしてその男に声をかけられたのもまた、僕がレストランでビールを飲んでいた晩のことであった。
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