「もしこの街で暮らし始めたとしたら、すぐに退屈してしまうだろうね。」
僕の言葉が中国語だったら「大きなお世話だ。」と街の住人に言われたかもしれないが、幸いなことに観光地でもない限り、英語や日本語が理解できる人間は中国では多くない。もちろん格爾木という街も例外ではなかった。
格爾木にはデパートもなければ映画館もない。クラブもなければバーもない。ゲームセンターはもちろん、入園料を払うような公園もなかった。(中国の一般的な公共の公園は、入園料がかかる所が多い。)簡単に言ってしまえば田舎町である。この街に住む人達はどうやって生活を楽しんでいるのか僕には疑問だった。
格爾木は僕ら旅行者にとっても退屈な街である。僕がそれまで滞在していた蘭州以上に見所は無く、観光に適しているとは言いづらい。また街の周囲は砂漠で気候の面から考えると、長期滞在したくなるような街とも言えない。退屈という表現がとてもピッタリと合う街である。しかし、それにもかかわらず格爾木の街を訪れる旅行者は、季節を夏、そして対象をバックパッカーに絞れば、以外にも少なくない。それはこの街が陸路でチベットへの入域を目指す旅行者の起点になっているからである。そして僕もそんな旅行者のうちのひとりであり、彼もまたそうだった。
彼 ― F原君という日本人男性と僕は、この街の同じ宿で部屋をシェアしていた。中国では外国人が泊まることのできる宿に制限があるから、外国人旅行者同士が知り合うことがある。部屋をシェアしたのは、宿泊代を折半できるというメリットがあるからだった。F原君は会社を辞めて日本を出てきたという事と、最初の国が中国だという、僕との二つの共通点を持っていた。
二人とも格爾木での滞在の目的は、チベット入域の準備(移動手段の確保、高地慣れ、装備の用意)をする事で、間違っても観光ではなかった。二人とも事前にガイドブックを読んでいて格爾木が観光に適した街ではないことを知っていたからだ。まあしかしそれでも数日は滞在するのだから、少し街を歩いてみようと思って今日は宿を出てきた。宿の部屋にはテレビがあって、それで時間を潰すことも出来たのだが、二人とも旅を始めてから1ヶ月も経過しておらず、それを実行するほど旅に飽きてはいなかった。
ただ、街を歩いてみたものの「やっぱりな・・・」という印象だった。外国人旅行者にとって面白そうなものは何一つ見つけられなかったのだ。僕は「もしこの街で暮らし始めたとしたら、すぐに退屈してしまうだろうね。」と、F原君に話したけれど、それほど的外れな意見ではなかったと思う。
まあ、格爾木に娯楽と呼べるモノが全く無いわけでもないのだけれど・・・。
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