「清らかな心」という意味のニルマル・ヒルダイが、どうして『死を待つ人の家』などという、施設に命名するにしてはいささかネガティブな通称で呼ばれているのかというと、これはもう本当に単純な理由である。そこに収容されているほぼ全ての人々が、「死ぬのを待つばかり」という状態の人間だからだ。
昨日マザーハウスの本部で見せてもらった資料には、この施設に収容されている人間はおよそ100名(男性50名・女性50名)で、そのほとんどが瀕死の重病人である ― と、書いてあった。結核、脳膜炎、栄養失調、マラリア・・・とその病名は様々だが、いずれも日本では(もしくは先進国では)あまり罹らない病気が多い。
インドでこのような大病を患うと、(それが貧しくて医者に掛ることができない低カーストの人間の場合、)その家族によって路上に棄てられることになる。家族の生活に回復する見込みの無い人間を養う余裕はないし、一緒にいると伝染する可能性も高いからだ。
そしてそのようにして路上に放置された人間を集めては介護しているのがニルマル・ヒルダイである。マザー・テレサはインドのなかでも最も貧しく傷ついた人々に、「せめて死ぬときくらいは人間らしく・・・」と思い立ち、この施設を設立したとされている。
個人的には、こういうことはマザー・テレサよりも真っ先にインド政府がやらなきゃならないことなんじゃないだろうか?と、思ってしまう。インドは決してお金の無い国じゃない。核開発を行ったり、原子力潜水艦を所持するためにお金を使うよりも、路上に横たわる人々のためにお金を使う方がよっぽど正しいお金の使い道じゃないかと僕は思うのだけれど、まあこれにも宗教とか人口問題とか、きっといろいろとインドなりの複雑な事情があるのだろう。
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