橋の中国側で、直立不動の姿勢を維持し続ける中国人兵士の視線を背中に感じながら、僕等は友好橋を渡りきった。国境のネパール側の街の名はコダリ。コダリのイミグレーションはどう見ても、ただのほったて小屋にしか見えなかった。ライフルを持った迷彩服のネパール人兵士に気が付かなければ、あやうく通り過ぎてしまうところだった。
イミグレーションでビザの申請用紙に記入し、写真とパスポートを提出する。そして現金30ドルの支払いと引き換えに、ビザの貼られたパスポートを受け取る。受け取ったパスポートを開いてみると、ビザの上には確かに
「KODARI」(コダリ)
という、国境からの入国を示すスタンプが押されていた。僕等は満足してイミグレーションを後にし、
「チェンジマネー!チェンジマネー!」
と、声をかけてくる男達をあしらいながら、オンボロ・バスに乗り込んだ。バスの中には熱帯を思わせるムッとした空気が漂っていた。
国境からローカルバスを乗り継いで8時間、首都のカトマンズに到着した僕等は、安宿が集中する「タメル地区」のゲストハウスにチェックインした。タメル地区には安宿が多いだけでなく、およそバックパッカーにとって必要と考えられる全てものがある。私設両替商・旅行会社・インターネットカフェは言うに及ばず、洋書屋やFDIサービスの写真屋まで揃っている。「バックパッカーのための街」と言っても過言ではない。加えてネパールの物価は周辺諸国のそれよりも更に安かったから、この街には多くのバックパッカーが長期滞在していた。
「まるでカオサンみたいだな。」(*注1)
Y介クンの言葉には僕も同感だった。
特に「食」に関して言えば、タメルはカオサンを完全に凌駕しているように思えた。中華やチベット料理といった近隣諸国の料理を扱うレストランはもちろん、オーストリア料理店からアイリッシュ・パブまで、洋の東西を問わず多種多様な飲食店が立ち並んでいる。モロッコのマラケシュやインドのゴアと同じく、かつてはカトマンズが「ヒッピーの三大聖地」のひとつであったことが影響しているのかもしれない。いずれにしても、こういった外国料理店がバックパッカーが長期滞在してしまう要因のひとつになっているのは間違いのないところだ。
僕等もご多分に漏れず、そういった外国料理店で食事をした。韓国料理店の「キムチハウス」では本場に勝るとも劣らない味のブルコギを食べ、ステーキハウスの「エヴェレスト」では「本物の牛肉」を使った巨大なハンバーグステーキを食べた。ヒンドゥー教の国で堂々とビーフステーキが食べられることを考えても、タメルが外国人のために存在する街であることがわかる。でも、
「せっかく海外まで来ているのだから、その国の料理を体験をするのが旅の醍醐味ではないのか?」
そういう疑問が頭をよぎらないでもなかった。
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