カトマンズ滞在中、僕は多くの時間をゲストハウスの屋上で過ごした。理由はタバコを吸うためだ。僕が宿泊している「タメルゲストハウス」は禁煙というわけではなかったが、同じドミトリーで生活する男女のなかに、僕以外にはタバコを吸う人間はいなかった。彼等は「窓を開けて吸ってくれれば構わないよ」と言ってくれたが、やはり遠慮して部屋では吸わないことにした。タメルゲストハウスにはカトマンズの街が一望できる屋上があり、そこにはぼんやりと日中を過ごすのにはうってつけのテーブルセットもあった。だから僕はいつもそこでタバコを吸ったり、日記を書いたりしながら時間をつぶしていた。
そんなことをしながら何気なく隣のビルの屋上を見ると、大抵の場合、彼の姿を見つけることができた。僕はじっと彼の仕事振りを見ていた。彼のほうは僕に見られていることに全く気が付いていない。彼が自分の仕事に集中していたのと、僕があえて彼に声をかけなかったからだ。隣のビルだったから、大声を出せばあるいはそれも可能だったかもしれないが、実際に声をかけてみることはしなかった。
でも一度だけ、彼が僕のほうを見たことがある。彼が仕事を終えて、屋上から階段で降りようとしたときだ。たまたま僕の目と彼の目が合ったのだ。そのとき僕は彼に向かって手を振ってみた。すると、彼は笑いながら僕に向かって手を振り、そして階段を降りていった。
|