その日の朝、僕はカトマンズのオールドバスパークからパタン行きのローカル・バスに乗り込んだ。バスの中は大勢の乗客で混雑してはいたが、僕以外に外国人の乗客の姿はない。そんな状況にもかかわらず、意外にも周りの乗客達から注目を浴びる事もまた無かったので、堅いシートに座りながら僕は落ち着いてカトマンズの風景を車窓から眺めることができた。
しかしパタンに到着したとき、僕はバスから見ていた風景が自分の記憶に全く残されていないことに気が付いた。僅か10分前に見ていたはずの風景さえ、それがどのようなものだったのかを、全然思い出すことができない。バスの中で僕の目は確かに窓の外を流れていく風景を追っていたはずだが、僕の気持ちの方は目に映る風景よりも、別の事に関心を払っていたようだ。ようするに、僕は真剣に景色を見ていなかったのだ。その原因は僕がバスに乗り込んだときからずっと考え事をし続けていたせいだと思う。
「どうして難民キャンプになんか行く気になったのだろう?」
かと。
僕は今朝、ガイドブックを見ていてふと「難民キャンプへ行ってみよう」と思い、宿を出た。僕が急にそんな気持ちになったのは、ひょっとしたら昨夜ドミトリーで手に取っていた、Tシャツにプリントされていたメッセージのせいかもしれなかった。数日前に僕はタメルの土産物屋で、店の主人との長い交渉の末に、1枚のTシャツを140ルピーで購入していた。そしてそのTシャツには前面に大きく、こうプリントされていた。
「FREE TIBET!」(チベットに独立を!)
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