僕達がヒッチハイクをすることにしたのは、何も「冒険者気分を味わいたい」と思ったからではなかった。ラツェから更に西へ行くバスがあれば喜んで乗っていたところだが、あいにくとこの街はチベットの公共交通機関で来れる最後の街だった。それで僕達は「仕方なく」ヒッチハイクをすることになったのだ。
そのときまで僕にはヒッチハイクの経験は全く無かったのだが、最初のうちは「まあ、何とかなるだろう。」と気楽に考えていた。海外でヒッチハイクするバックパッカーは多いと聞くし、過去に東南アジアでヒッチハイカーを実際に見かけたこともあったからだ。
しかしながら実際に自分でやってみると、「聞くのと実行するのとでは大違い」という意味を、身をもって体験することになった。全然上手くいかないのだ。まず、ラツェのような田舎町ではクルマ自体そんなに走っていない。僕等は道路わきに座り込んでクルマが走って来ないかと首を長くして待っているのだが、だいたい1時間に数台見かけるかどうかというところだ。僕等はたまに「獲物」を見かけると、道路に飛び出して腕を振り上げながら「ティンリーまで!」とか「シェーカルまで!」とか言いながらクルマに駆け寄るのだが、まず停まってくれない。僕等はクルマが通り過ぎる度に、ガッカリしながら再び道路わきに座り込むのだった。
しかしそんなことを何度か繰り返していると、運良くクルマが停まってくれることもある。停まってくれさえすれば、交渉しだいで何とかなる。そう考えていた僕等だったが、この交渉も僕等にとってはかなり厳しいものだった。いとも簡単に断られてしまうのだ。断られ方には、だいたい三つのパターンがあった。それは
1、「外国人は乗せられない」と断られる。
2、「一人、もしくは二人しか乗せられない。」と言われる。
3、法外な金額をふっかけられる。
(1)については、これは別に「外国人に対する嫌がらせ」ということではない。実は中国では外国人のヒッチハイカーを荷台に乗せるのは「違法」なのだ。何でも、公安に見つかるとドライバーは免許を取り上げられてしまうとのことで、外国人を乗せるのを敬遠するのだ。そんな法律を定めた政府が憎らしい。
(2)については、クルマのスペースと僕達の人数の問題だ。大抵のクルマは荷物か人間を載せているので、スペースにそんなに余裕があるわけではない。「詰めれば、あと一人か二人乗れる。」といったところだ。僕達4人が乗れるほどスペースに余裕のあるクルマは、そうは見つからない。僕達がそれぞれ個別のパーミッションを所持していれば、一人でも二人でも乗れる人数だけ先に行ってしまうのだが、4人で1枚のパーミッションしか持っていない僕等にとっては、(公安に見つかったときのことを考えると)それは不可能だった。
(3)については、これはもう「無い袖は振れない」の一言につきる。僕等は別に「タダで」乗せてもらおうなどと図々しく考えていたわけではない。常識的な額なら金を払おうと思っていたのだ。朝のシガツェ―ラツェ間のバス代は、ひとり40元。それを考慮したうえでチベットの地図を見ると、ラツェからシェーカルまでの距離はその区間よりも更に短いので、僕等は一人50元ぐらいが妥当な金額ではないかと考えていた。しかしシェーカルまで1人100元なんて言われてしまうと、これはちょっと払える金額ではない。100元という金額は、このあたりでは5、6日分の宿泊代に相当するのだ。もちろん僕達のように長い旅をするバックパッカーは、ある程度の資金を持って旅しているのだけれど、あいにく現地通貨に限っていうと、それほど多くの持ち合わせがなかった。このさき国境まで外貨が両替できる街も無いようなので、貴重な現地通貨をいたずらに浪費することはできなかった。
以上が、僕達のヒッハイクを難しくさせている理由だ。いずれもチベットの「非解放地区」という、特殊な地域ならでは理由だった。しかし、難しいからといって止めるわけにもいかない。ヒッチハイク以外に方法は無いのだ。
僕等はその日の午後の時間の全てをヒッチハイクに使ったのだが、その成果は芳しいものにならなかった。結果を言うと、夕方になっても僕達を乗せてくれるクルマを捕まえることはできなかった。僕達は6時になった時点でその日のヒッチハイクをあきらめ、メインストリート沿いにある「拉孜賓館」という宿にチェック・インすることに決めた。ラツェでの予定外の宿泊になってしまった。
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