にもかかわらず国境の向こう側では、今自分がいる場所よりも1時間30分早い時間が使われているし、僕自身もその時間を利用していたというのは、間違いのない事実である。けれども僕は、その間違いのない事実を何故だか上手く飲み込むことができない。もちろん時差というのがどういうものなのか理解できないということではない。僕は賢い人間ではないけれど、さすがにそれくらいの事はわかる。でも
「数百メートル歩いただけで1時間30分も変わってしまうなんて、どうしてもしっくりこない。」
そんな気持ちを簡単に払拭することもまた、僕にはなかなかできないのだ。もし僕が飛行機で一足飛びに国から国へと移動したのだったら、多分こんなことは感じなかっただろう。「これだけの距離を移動したんだから、時間が違うのは当然だ。」そんなふうに思うかもしれないし、あるいは「日本を昼に出発して十数時間も経っているのに、到着したらまだ昼だった。」という具合に身体で感じることもできるだろう。
でも陸路で国境を越える場合には、そういうふうに思うことも感じることもない。だって距離は数百メートルしか移動していないのだし、かかった時間だって時差ボケするほど長くはない。5分移動しただけで時差ボケにかかるという人間もいないだろう。
なにも陸路での国境越えは今回が初めてというわけじゃない。日本を出てからここまで、僕は幾つもの国境を越えてきた。どの国境でも、時計の針を巻き戻す作業が必要だった。それでも僕はその度に、まるで喉に小骨が引っかかったようなスッキリしない思いを感じてきたのである。そしてこの先何度経験しても、この感覚には上手に慣れることができそうな気がしない。
それから僕は国境から視線を戻し、もう一度腕時計に目をやる。僕と違って腕時計は急に時間を変えられたにもかかわらず驚いた様子を全く見せずに、淡々と針を動かしている。そして針と同じく文字盤についているカレンダーは今日が2003年の1月1日であることを、僕にむかって示していた。
2003年の1月1日に、僕はイランからトルコへと、『国境』を越えた。特にこれといった旅の目的を持たない僕にとって、国境越えというのは旅の唯一のイベントと言っても過言ではないのだが、だからと言ってその日をわざわざ1月1日にしようと決めるほどの思い入れは無く、それは「偶然、元旦になった。」というだけの事だった。けれども国境を越えた時には、その「偶然」が僕にむかってまるで
「元旦に国境を越えてしまったんだね。きっと君は今年も『国境』を越え続けることになるよ。だって『一年の計は元旦にあり』って言うだろう?」
そう語りかけているようにも僕には思えてしまった。本来僕は言い伝えとか迷信といった類については全く信じない人間なのだが、今回ばかりは
「いや、そんなことはないよ。僕はもうすぐ旅を終えるつもりだから。」
と、反論するだけの明確な予定も持ち合わせていなかったせいで、本当に今年も国境を越え続ける事になるんじゃないかと、そんな思いが頭をよぎる。実際のところ、今年の1年を僕ががどういうふうに過ごすのか、僕自身にも全くわかっていない。このトルコを西進してイスタンブールまで辿り着き、バックパッカー達がよく口にする『アジア横断』というのを完成させれば、そこで旅が終わるような気もするし、逆に『一年の計は元旦にあり』という言葉が示すとおりに、今年も「国境を越え続ける日々」が続くような気もしてしまう。でももしイスタンブールで旅が終わらずに、たとえ国境を越え続ける日々が続いたとしても、それはそれで仕方のないことなのだ。だって僕は何の予定も(そして目的も)なしに旅をしているのだから。
それでかまわないさ。このトルコでも今までと同じように旅をしていこう。先の事は考えず、幾つかの街を廻り、そのうちにイスタンブールへ辿り着ければいい。そんな事を考えながら、僕は国境のタクシー乗り場へと歩き始めた。僕が歩く右手には、アルメニア正教徒にとっての聖地であり、旧約聖書では大洪水の後に「ノアの箱舟」が辿り着いたとされている、「アララト山」の雄大な姿が見えていた。
僕は国境から最も近い街であるドウバヤジットへ向かう、ドルムシュというトルコの乗り合いタクシーに乗ることにした。あたりまえのことだが運賃としてトルコの通貨が必要になる。僕は余らせてしまったイラン・リヤールを全てトルコ・リラに交換するために、国境で闇両替をした。たいした金額ではなかったが、乗り合いのタクシー代としては十分だった。それはいいのだが、驚いた事がひとつあった。僕はイラン・リヤールをトルコ・リラへ両替したのだが、両替してくれた男が
「ユーロも両替できるぞ」
と、言ってユーロ紙幣を見せてきたのである。僕はイランからやってきて、この先どこの国へ行くのかもわからない身だからユーロなんて持っていなかったし、今までユーロを持っていた旅行者にも会ったことがなかった。もちろん、イランやパキスタンと同様にトルコという国もEU加盟国ではない。けれども、そんな国でも実際にユーロ紙幣を見せられると、
「だんだんヨーロッパに近づいてきているのかな・・・。」
曖昧ではあるけれども、そんな意識が頭の中でちらつきはじめた。
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